四谷大塚 元講師の盗撮事件の背景(後編)
『四谷大塚 元講師の盗撮事件の背景』の続きです。初めて読む方は前編からお読み下さい。
四谷大塚の教室内で起こった講師の教え子に対する盗撮事件ですが、あの事件後、職場で生徒への対応に関する通達が出された学習塾も多いと思います。
内容は、生徒へのボディタッチの禁止、生徒と1対1になることを避ける。また生徒との距離を十分にとる。授業中は教室のドアを開放し、密室化を避ける。生徒とSNSで個人的につながらない。トイレなどに不審物がないか毎日チェックする。などです。
生徒への性加害は学習塾ではあってはならないことで、一人でもこうした行為を行なう者がいれば、その学習塾が今まで積み上げてきた成果や信頼も何もかも吹き飛んでしまいます。こうしたことを二度と起こさないよう、塾業界全体でこの問題に真摯に取り組んでいくべきです。
学習塾での性加害事件の背景
さて、学習塾で生徒への性加害が起こる背景として、前回のブログでは会社の隠蔽体質や講師の採用、教室の密室性などの要因を説明しましたが、それ以外にも次のような要因があります。
■社員研修の問題
前回説明したように、講師の採用段階で、その人の過去の性犯罪歴や隠れた性癖を見極めることは不可能です。したがって入社後の社内研修で生徒へのセクハラや性加害行為を ”絶対にやってはいけないこと” として徹底して教育するしか、現状において防止する方法はありません。
しかし、生徒へのセクハラや性加害防止のための社員研修をやるとしても、どこまで実効性のある研修ができるのかというと、少なからず懸念があります。
なぜなら職場内でのパワハラ・セクハラ行為防止の研修にしても、学習塾各社でかなり差があるのは事実で、ほとんど何もやっていない会社もあるからです。これは大手塾か中小塾かで差はありません。
全国的に有名な大手塾なら、生徒へのセクハラ(性加害を含め)の防止や、社内でのパワハラ・セクハラ防止の社員研修をしっかりと実施しているかというと、そうとは言えないのです。つまり “大手塾なら、有名塾なら大丈夫” とはならないのです。
今回の四谷大塚も、サピックスや日能研などと同様に、私立中学入試に特化した学習塾として「予習シリーズ」や「全国統一小学生テスト」でも全国的に知られています。親会社は東進衛星予備校でも有名な大手塾のナガセです。このような大手有名塾でも性加害事件が教室内で起きたことからも理解できると思います。
現状においては、学習塾内で行われているパワハラやセクハラ防止のための研修は、せいぜい資料を読み合わせて ”こうした行為はパワハラもしくはセクハラに当たるのでやめましょう” といった程度のものが多いのも事実です。
外部の専門家を招き、パワハラやセクハラをする人間の心理、そうした行為を招く職場環境の特徴まで踏み込んだプログラムを実施している会社は皆無だと思います。
労働組合 eisu ユニオンの公式サイトでは全国の学習塾で働く人から様々な相談を受けていますが、職場でのパワハラ、セクハラ相談は近年増加傾向にあります。
こうした実態から、職場内での社員間のパワハラ・セクハラ防止研修も不十分なのに、生徒へのセクハラや性加害を防止するための実効性のある研修が果たして可能なのか?という疑問も感じます。
今回の四谷大塚の盗撮事件の後、何社かの大手塾で勤務する人に「生徒へのセクハラ行為や性加害防止の観点から、社員に向けた通達や研修などがあったか?」と聞いたところ「そうした通達・研修は何もなかった」と回答した人もいました。
今回の事件で問題視されているのは生徒への盗撮(性加害)行為ですが、たとえば事件性は少ないとしても、教室内での先生の言動が(先生自身に自覚はないにしても)、それが生徒にパワハラもしくはセクハラ行為と思われている場合はどうなのでしょうか? パワハラやセクハラは生徒がそう感じ不快に思うなら行為としては成立します。
一般的に学習塾では、接客研修や授業研修には力を入れています。しかし性加害防止も含めて、そこで働く社員および顧客である生徒を対象とするパワハラ、セクハラ防止のための研修を徹底して行なっている学習塾の事例は聞いたことがありません。
学習塾業界は、今回の事件を契機に、現場で働く社員そして生徒も含めたパワハラ・セクハラ防止のための実効性のある研修制度を早急に考え実施すべきです。学習塾の職場内でパワハラやセクハラ行為がなくなれば、その結果として生徒への性加害も防止できると考えます。
■生徒の個人情報保護の問題
四谷大塚の盗撮事件では、逮捕された元講師が会社のクラウドサーバーにアクセスし、生徒の個人情報(顔写真、住所、学校名等)を漏洩させたことも大きな問題になりました。警視庁も四谷大塚を法人として個人情報保護法違反の疑いで書類送検しました。
学習塾の個人情報管理の甘さや杜撰さが露呈した事件とも言えます。塾業界における個人情報管理体制は各社ピンキリですが、全体として他の業界に比べてかなり遅れている部分が多いのも事実です。
現場社員には、”個人情報の取り扱いは慎重に”という通達が度々ありますが、実際のところ各社員の ”良識” や ”順法精神” に依存している部分も大きいのです。いまだに紙ベースで生徒情報を管理しているという話も聞きます。
言い換えれば情報管理体制が遅れている学習塾では、 ”個人情報だだ漏れ” の可能性もあります。学習塾の生徒情報管理体制について、他塾で働く人からも意見を集めた結果、現状での問題点として以下のようなことが挙げられます。
1.社員の生徒情報へのアクセス権に制限をかけていないので、社員なら誰でも社内サーバーにアクセスし生徒情報を閲覧できる。
2.会社のサーバー内で生徒の個人情報と、それ以外の通常業務に必要な情報とを切り分けて管理していない。
3.社内で生徒の個人情報にアクセスできるPCを限定しておらず、社内のPCからなら誰でも容易にアクセスできる。
4.USB等に生徒の個人情報を記憶させ持ち出してもわからない。また情報を持ち出した人が誰なのか特定できない。
5.教室内で、生徒の個人情報を誰でも見られる場所に紙で保管している。破棄する場合もシュレッダーすることが徹底されていない。
6.個人情報の保護や情報漏洩に関する全社的な社員研修を行なっていない。
7.個人情報の保護や情報漏洩について、関心のない人や意識が低い人も一定数いる。
大手通信会社に勤務する友人に会社の情報管理体制を聞いたところ、彼の会社では顧客の個人情報にアクセスするには、上司に申請書を出し許可をもらい、特定のPCから行うそうです。作業中は近くで上司が見ているのでUSB等で情報を外部に持ち出すことは不可能だそうです。
また社内のすべての業務用PCは、誰が、いつ、どのPCから、どこにアクセスしたのかすぐに分かるようなシステムになっているそうです。これでは不正に顧客情報にアクセスしたり、顧客情報を外部に持ち出すことは困難です。
はっきり言うと、ここまで徹底しないと個人情報への不正アクセスや情報漏洩を防ぐことは不可能ではないでしょうか。学習塾各社も、これにならって社内の情報管理体制を早急に整備すべきでしょう。
上記1~4の問題を解決するには、生徒情報へアクセスできるPCを限定し、アクセス制限をかけて特定の社員以外は閲覧できないようにすることが必要です。また会社のサーバーに情報管理ソフトを導入し、もし不正アクセスが発生した場合にはきっちり ”跡追い” ができるようにすべきだと思います。
上記5~7については、やはり徹底した社員研修を繰り返し行なって意識を高めることが必要ですが、残念ながら塾業界で働く人の中には ”個人情報の漏洩” に対する意識が低い人もいます。
90年代半ば頃の話で、eisuに中途入社した翌年の事ですが、その年に採用された新入社員の履歴書がそのまま勤務校舎にFAXされてきて驚いたことがあります(当時 Email はまだ導入されていなかった)
名前と年齢、最終学歴だけならまだしも、履歴書には本籍・現住所・電話番号・学歴や職歴・家族構成・資格や特技・志望動機などが全て記載されています。それらが不特定多数の社員の目にさらされるのは問題なのではと思い、本社にクレームを言ったら翌年からなくなりました。
当時は今のように ”個人情報” に関してやかましく言われる時代ではなかったにせよ、あまりにも杜撰な個人情報の取り扱いに ”ぞっとした” 経験があります。さすがに今ではこのようなことはやってないと思いますが・・
この話は余談ですが、こういう経験があるので、塾業界における ”個人情報の保護” には少し不信感を持っているのも事実です。
学習塾にも日本版DBSの導入を!
公教育でも民間教育でも、教員の生徒への性加害事件は近年増加しています。少し前に東京・練馬区の区立中学校の校長が少女の猥褻な画像を所持していたとして逮捕された事件がありました。3年前にもベビーシッターの男が保育中の子どもの体を触るなどして逮捕された事件もありました。
子どもを性犯罪から守るための仕組みづくりは待ったなしの状況です。
しかし採用段階で個人の隠れた性癖や性犯罪歴を見抜くことは困難です。また社内研修を徹底したとしても、特殊な性癖を持ち、初めから子供への性加害を目的に入社してくるような人に対しては限界があります。
少なくとも性犯罪者を入社させないためにも、学習塾にも日本版DBS(子どもと接する職業に就く際に、性犯罪歴がないことを確認する制度)を早急に導入すべきだと思います。そうすれば性犯罪をおかして学校教員を辞めた人が学習塾に採用されることはなくなるし、あちこちの学習塾を渡り歩きながら性犯罪を繰り返す講師もいなくなります。
DBS(Disclosure and Barring Service・ディスクロ―ジャー・アンド・バーリング・サービス)とは「前歴開示・前歴者就業制限機構」の略で、一般的にDBSと呼ばれています。子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないことを確認する制度で、すでにイギリスで導入されており、フランスやドイツにも同様な制度があります。
具体的には、子どもに接する職業や活動を行う事業者が、そこでの就業を希望する人の承諾を得てDBSに性犯罪歴などのチェックを依頼します。DBSは裁判所や警察の情報などを照会し、就業希望者に証明書を発行。事業者にも通知します。これによって性犯罪歴がある人の採用を未然に防ぐことができます。
日本版DBSは「こども家庭庁」が秋の臨時国会での法案提出を導入を目指しています。対象となる事業者は、学校・保育所・児童養護施設などの公的な機関は「義務付け」とし、学習塾・学童クラブ・各種スポーツクラブ・芸能事務所など民間事業者については「任意利用」としています。つまり現時点で対象となるのは公的機関だけとなります。
しかし学習塾などの民間事業者も対象に含めないと不十分なのは明らかで、四谷大塚で発生したような生徒への性加害の抑止にはなりません。子どもを学習塾に通わせている保護者からすれば、子どもと接する職業につく人にはすべてを対象に「義務付けて」ほしいという思いがあると思います。
私たちは学習塾業界で働く者として、通塾する生徒への性加害を防ぐためにも、日本版DBSを学習塾などの民間事業者にも、できるだけ早期に導入することを要求します。学習塾業界も、日本版DBSの学習塾への早期導入を政府に嘆願すべきだと思います。
ちなみに昨日(10月16日)に、加藤子ども政策担当相から「日本版DBSの秋の臨時国会への法案提出を見送る。来年の通常国会以降のできるだけ早いタイミングで法案を提出する」との発表がありました。まだまだ紆余曲折があると思いますが、今後も継続して取り組んでほしいと思います。