パワハラで退職しなくていい、パワハラと闘う 実践的アドバイス
職場で自分がパワハラを受けていると感じた場合は、何らかの行動が必要です。
パワハラが続く中では、ストレスによる体調の不良が悪化することで、心臓や脳への負担から健康を損ねたり、精神的に追い詰められてうつ病になってしまったりすることで、心身に問題が発生し、働き続けることができなくなるからです。
我慢し続けることで心身を損ねてしまうと、仕事に復帰するまでに時間がかかってしまい、経済的にも大きな影響を受けます。
今回は、ちょっと長くなりますが、現在パワハラで悩み、苦しんでいる方に向けて、どのように対処すればよいか、時間軸にそって段階的にお話したいと思います。
パワハラとの闘いの準備
パワハラと闘うためには、さまざまな準備が必要となります。以下に時系列に沿って書いていきます。準備段階において特に大切なのは③~⑤になります。
① パワハラの定義
まずはパワハラの定義を確認しましょう。
パワハラとは、職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為を指します。
具体的には、
○ 精神的な攻撃
○ 身体的な攻撃
○ 過大な要求、または過小な要求
○ 人間関係の切り離し
○ 個の侵害
などがあります。詳しくは、厚生労働書の雇用環境・均等局の「パワーハラスメントの定義について」を参照ください。
② これはパワハラ?
言うまでもありませんが、人によって、ものごとの受け止め方は異なります。客観的に見て、単に注意された、助言されたと考えられる内容であっても、人によっては自分への嫌がらせや攻撃と受け止める場合もありあす。また、精神的に不安定になっている状態では、冷静に自分自身を判断することができない可能性もあります。
そこで、まずは自分が受けている行為をできるだけ冷静になって考えてみてください。そして、それがどうしても納得できない、おかしい、と感じた場合は、周囲の信頼できる人に相談して、客観的に判断してもらいましょう。
同じ会社・部署の人に相談すれば、その行為がパワハラなのかどうか判断をしやすいでしょう。しかし、相談する相手と相談の仕方には注意が必要です。相談した内容を他の人に漏らしたり、逆にパワハラを行っている本人に伝えられてしまったりするかもしれません。
相談する場合は、自分の感情を抑えて、あくまでも事実ベースで話をすることで、相談された側も判断しやすくなります。他にも注意すべき点としては、同じ会社であるが故に、「会社の常識」が「世間の一般常識」とずれが生じていても気づかない場合もあります。ですので、社外の友人やパートナーなどで信頼できる人にも相談すべきでしょう。
③ 職場で味方、仲間をつくる
パワハラの類型の中には、「人間関係の切り離し」があります。パワハラを行う人間は、相手を孤立させることで弱体化させられることをよく知っているからです。そうでなくても、パワハラに耐えているだけではどんどん精神的に追い詰められて孤立してしまいがちです。ですから、気持ちを理解してくれる友人、味方、そしてともに闘ってくれる仲間が必要です。
友人に相談し、味方になってくれる人がいて、そして自分が受けている行為がパワハラである、と確信が得られたら、次は同じような行為を受けている人がいないか、仲間になってくれそうな人がいないか探してみましょう。
④ 長期戦に備える
パワハラについての定義が曖昧であった頃は、弁護士を通じての交渉要求、訴訟などでも、必ずしも勝算が高いとは考えられていませんでした。ですので、労働組合での団体交渉においても、パワハラを原因とする「派生して発生した、その他の被害」について、例えば無給の休日出勤の強要などがあれば、そこから発生する未払い残業代の請求なども含めて行うことが効果的です。
そして、どのような方法をとるにせよ、パワハラとの闘いでは、短期(1~2か月以内)で解決を図ることは難しいケースが多いです。またパワハラによる精神疾患のため、会社を休職する場合もあり、労災補償も認められないことも多いので、もし働けなくなった場合は収入が減少することも想定しておくべきです。
最近はWebやオンラインでできる副業もあるので、休職期間中の収入補填のための副業が可能であれば始める、退職した場合に備えて転職サイトへの登録を行っておく、などの準備が必要です。ともかく早めに動くことが大切です。
⑤ 証拠を集める
どのような闘い方をするのであっても、ともかく証拠が必要です。相談する場合でも第三者が理解しやすく、また具体的な助言も得やすくなります。日記のような記録でも、メモのようなものでも構いません。いずれにしても、日時、場所、誰から、どのようなことを言われたのか、暴力を受けたのか、などを記録しておきましょう。
何より有効なのは、録音や録画です。ボイスレコーダーやスマホのボイスレコーダーアプリなどがあります。また、携帯電話での会話についても録音することができるアプリがあります。いずれも無料のアプリも様々あります。
また、固定電話でも、電話機と受話器の間にアダプターを接続することで、ボイスレコーダーを使って録音することができます。電話機の種類によって異なるので、「受話器用電話録音アダプター」などという名称で検索してみてください。
なお、証拠は出来るだけ多い方が良いでしょう。パワハラの認定において、「頻度」や「どれくらい継続的に行われたか」、なども重視されるからです。
⑥ 会社に相談
以前このブログで、「社内通報制度を利用することはお勧めしない」と記載しました。解決に繋がる可能性が低く、場合によっては相談することで逆に相談者が不利益を被る可能性があるからです。
しかし、社外の第三者や外部機関に相談することを前提にすると、社外の誰かに相談する前に、「しかるべき手順を踏んでいた」という事実を作るためには、むしろ先に会社に相談しておくことには重要な意味があります。
しかるべき手順とは、
「まずは会社が設置している相談機関を、会社の既定に従って利用した。しかし解決しなかったので、やむなく外部の機関に相談した。」という形を作るためです。「社内の規定やルールに従って適切な手続きを踏んでいた」ことになれば、仮に裁判などなった場合でも、こちらの主張に説得力が増します。
なぜそのような形式が有効かと言えば、いきなり外部機関へ相談したり、訴えたりすることで、
○ 社外へ情報を漏えいしている
○ 社内規定を無視して身勝手な行動をしている
○ 会社へ攻撃の意図を持っている
などと非難されることや、逆に会社から訴えられる(スラップ訴訟)を防ぐことができます。
外部機関を利用して闘う
ここから先が本題です。留意すべきことは「会社に相談することで円満に解決することはまずない」と覚悟しておくことです。
会社への相談では解決できないことを前提として、長期的なパワハラとの闘いを想定し「闘いへのステージ」への準備を並行して行いましょう。
パワハラの被害を受けている人は、最初に以下の①・②に相談することが多いと思いますが、パワハラ等の是正に関しては限界があることを認識しましょう。つまり解決のためではなく、論点の整理や法的知識を得るために利用するのがベストです。
① 「労働局」に相談
各都道府県には、厚生労働省の出先機関として「労働局」が設置されています。組織としては、後で記載する「労働基準監督祖」の上部組織にあたります。労働に関する様々な業務を行っていますが、ここでは省略し、パワハラに関連してのみ記載します。
労働局では、企業と労働者の間のトラブルについて、解決に必要な助言や指導、企業と労働者の間の紛争を仲介する「あっせん」を行います。
しかし、いくつか留意すべき点があります。労働局は、
○会社へ指導はしてくれますが、基本的には労使間の話し合いの「手助け」をしてくれるだけなので、会社やパワハラを行った本人を罰したり、強制力を伴った命令を出したりはしません。
○「あっせん」はあくまでも話し合いなので、会社との合意が形成できるとは限りません。会社が拒否すれば訴訟に移行するのが一般的です。
○ 法律に基づいて判断するので、必ずしも労働者に有利な判断や結果が出されるとは限りません。
それでも相談することで、自分が被っているパワハラが、法律的にはどう判断される可能性があるのかを知ることができるので、相談してみる意味はあります。
② 「労働基準監督署」に相談
上記の労働局と同様に、厚生労働省の出先機関です。労働局が各都道府県にあるのに対して、もう少し数が多く、幾つかの市や区を束ねた所轄地域を持っています。労働基準法や労働契約法、労働組合法などの労働に関する法令を守らない企業を取り締まるための機関です。企業への捜査権や逮捕権も持っており、簡単に言えば「労働に関する警察」と考えればわかりやすいです。
労働局と同様に、労働基準監督署に相談することで、自分が被っているパワハラが、どのような法令違反にあたるのかがわかり、アドバイスを受けることができます。また、法令違反があった場合は、会社に対して対応してもらうことを求めることができます。具体的な手続きとして、相談者が労働基準監督署に匿名で行う「申告」と、相談者自身が告発者として「告発」する方法があります。
匿名で行う「申告」は、それを受けて労働基準監督署でどのような対応を行うのか判断しますが、申告を受けて監督署が実際に会社に指導を行ったのかどうか(指導しないケースもある)や、その内容などは申告した人が教えてもらうことはできません。
それに対し「告発」を行った場合は、相談内容から労働基準監督署が法令違反の可能性が高いと判断して対応するので、告発した人には、監督署がどのような指導を会社に行ったのか、どのような内容なのかを教えてもらうことができます。
ただ、法令違反と判断されたとしても、いきなり逮捕や処罰が行われるのではなく、まずはその会社への訪問または労働基準監督署への呼び出しなどによる調査が行われます。その上で、法令違反が確実であると判断された場合は、まずは会社に対して「是正勧告」が行われます。
しかし、是正勧告には強制力がありません。度々の是正勧告に従わないなどの悪質性が認められた場合は、一般的な犯罪と同様、検察へ送検され、起訴される可能性もあるので、大抵の会社は労働基準監督署の是正勧告を恐れるので従うことが大半ですが、ブラックな会社の場合には是正勧告に従わないこともあります。
ただし、労働局への相談同様、労働基準監督署にも、留意点がいくつかあります。
○ 労働基準監督官の数に対して、相談件数が多過ぎるので、悪質性が高いと判断される案件から優先されるため、監督署や監督官によっては、深刻に取り合ってもらえないケースがあることです。
○ 監督署はあくまでも法令に従って判断し、法令違反を是正するための組織ですので、会社との紛争解決を直接担ってはくれないことです。
○ 監督署は労働局と同様に、法律に従って判断するので、必ずしも労働者の味方になってくれるわけではないということです。
③ 労働組合に相談・加入
労働基準監督署などの公的な外部機関での相談を経て、法律的な知識もついてきたところで、パワハラの解決が結構難しいことも明らかになってくるかもしれません。実際にはパワハラの被害者が望むような解決は難しいと思うことのほうが多いです。その場合は労働組合に相談しましょう。
労働組合には上記公的機関には無い、法律で保障された、有効な対抗手段があるからです。労働組合に加入すれば、労働組合から「団体交渉」を申し入れてもらうことができます。会社は、労働組合からの団体交渉の申入れを拒否することができないのです。
また、その団体交渉における要求内容は、労働者の労働条件(賃金、待遇、勤務地や勤務時間、職場環境など)に関することであれば、どのような内容でも交渉の内容になり得ます。パワハラや職場のいじめ等も含めて大抵のことは交渉材料にできます。
あくまでも「交渉」なので違法な要求はできませんが、労働組合なら会社への強制力があります。団体交渉を拒否するとか、交渉にまともに応じない(不誠実団交と言う)など、悪質な場合には、例えば会社に対して街宣などの抗議活動を行うことが法律で認められているからです。
労働組合が持つ強制力の最も大きなものが、一斉に仕事を放棄する「ストライキ」です。これらは、会社にも大きなダメージになるため、普通の会社なら避けたいと考えるからです。
最近では、そごう・西部デパート池袋本店でのストライキが話題になりました。アメリカでは、自動車大手三社の労働組合のストライキによって、大幅な賃上げが実現しました。
労働組合での解決に必要なことは、労働組合への加入になります。加入には組合費が必要になります。ですが、強い力を持つ会社に対抗するために、立場の弱い労働者が団結する、そのために必要なものですので、それほど高額にはならず、毎月数千円程度です。
ただし、労働組合に関しても注意すべき点がいくつかあります。加入する組合をしっかり選ばないと、その後の展開が大きく変わってしまうこともあります。
○「社内労働組合 = 御用組合」に注意する。
きちんと組合活動をしている社内の労働組合ならいいのですが、いわゆる「御用組合」というものがあります。労働組合とは名ばかりで、会社と持ちつ持たれつの関係になっていて、労働者の労働環境改善などは特に行わず、組合役員も社員の持ち回りになっているようなケースです。
こうした御用組合に相談すると、情報がすぐに経営陣まで上がっていくこともあり、逆の結果になることもあるので意が必要です。
○ その業界に関する知識や交渉経験が豊富な労働組合かどうか。
社内の労働組合に相談できないとすれば、地域の労働組合など、いわゆる「合同労組(ユニオン)」への相談になります。合同労組(ユニオン)には、組合のない企業の労働者でも個人単位で加入することができます。その場合に、同じ産業、同じ業種で組織されている、または加人者が多い組合がいいです。
○ 労使紛争の解決実績があり、交渉力のある労働組合かどうか。
これは外部からはわかりにくいですが、労働局や労働基準監督署の職員や「法テラス」の弁護士などに聞けば教えてくれる場合もあります。知り合いにユニオンに加入している人がいれば直接聞いてみるのもいいです。あとは労働組合のホームページ等で確認する、相談時にしっかりと聞いてみましょう。
○ 相談者に当事者意識が必要であること。
労働組合が全て何とかしてくれるのではなくて、あくまでも自分自身が主体的に関わっていくという意識が必要です。労働組合は組合費を払えば労働者に「サービス」を行う組織ではないし、困っている人を助ける慈善団体でもありません。あくまでも「あなた(労働者)の闘いを共に闘い、助け合う」ための組織です。
労働組合は全力で組合員を支援しますが、弁護士に依頼するときのように「自分は何もせず、人に任せて何とかしてもらう」ものではないということです。
④ 最終的に何を求めるかを確認する
パワハラ加害者への復讐を求めるのか、会社への損害賠償を求めるのか、決意した当初は色々と考えたと思います。そして、外部の公的機関に相談し、労働組合への相談を経たことで、自身が受けてきたパワハラが客観的に見てどの程度のものと判断されるのか、それに対してどのような対抗手段があるのかが見えてくると思います。この段階において考えるべきことは、「落としどころ」つまり自分自身が何をもって「解決」とするかということです。
○ 今の会社で働き続けたいのかどうか。
○ パワハラの加害者に対する処罰を求めるのか。
○ 加害者や自身の配置換えをすればいいのか。
○ それとも会社の職場体質の改善を望むのか。
○ 受けた損害に対して金銭的補償を求めるのか。
○ 会社自体が何らかの制裁を受けるべきと考えるのか。
それによって、解決方法が異なってきます。しかし一つ言えるのは、様々な助言や対処法を冷静に聞いた上で「獲得目標は何か、どこまで闘うのか」そして「失うものはなんなのか」を考えてもらいたい、ということです。
なぜならば、私たちの生活はこれからも続いていくからです。
⑤ 加害者を提訴する場合
殴られる、怪我をした、そのようなレベルであれば、傷害罪として警察に被害届を出し、あるいは告訴するなど、はっきりしていると思います。パワハラ加害者に対して、刑事罰を求めるということです。会社に対して社会的制裁を求めるならば、弁護士への相談、そして訴訟になると思われます。
まず「法テラス」や、労働弁護団などが行っている無料相談などから相談するのが良いでしょう。また、労働問題に詳しく、解決実績の多い弁護士を頼ると良いでしょう。しかし、弁護士への相談、裁判の場合でも、上記で記載してきた「準備」は同じように必要になります。
また、費用がかかる代わりに、法律の専門家ですから強力でかつ「任せることができる」と考えられがちですが、実際にはかなりの証拠集めと、弁護士への、パワハラの状況の説明、そして裁判になる場合は、裁判所に提出する書面の準備など、弁護士と緊密にやりとりをする必要があります。
また、裁判をしなくても、弁護士を通じての交渉(示談)で慰謝料等を得ることができるケースも多いです。
ただし、ここでも留意すべき点があります。
○ 何より、費用がかかるということです。
弁護士費用には、着手金や報酬金、経費などがありますが、一般的に約50万~100万程度は見ておいた方が良いです。そして必ずしも裁判で勝利し、慰謝料を獲得できるとは限らないことです。ここが労働組合を通じての解決と異なる点で、労働組合なら団体交渉で解決できなくてもその先に抗議行動など実力行使の手段も可能ですが、裁判なら負けても弁護士費用はかかる、ということです。
○ パワハラで獲得できる慰謝料はその損害によって大きく変動しますが、一般的にはそれほど多くはないと言われています。弁護士費用を差し引いた場合、どれほど残るのか、しっかりと相談した上で判断することになるでしょう。
○ 労働組合を通じての団体交渉が、あくまでもそこで働く労働者の待遇改善や現状復帰を求めるものであるのに対して、弁護士を通じての訴訟の場合は、慰謝料をもらって退職することが前提になる、ということです。訴訟の上で復職という事例もありますが、これは明らかに会社に過失があることが認められた場合のようです。
自分が受けたパワハラをあくまでも許さない、獲得したいものが金銭的な補償ではない、つまり「とことんまでやる覚悟がある」場合や、退職に追い込まれた、精神疾患で働けなくなった、などの場合は訴訟ということになるかと思われます。
ですから、「最終手段」として、弁護士を通しての訴訟を最後にあげました。
⑥ さいごに
以上のことには、過去に実際私たちが職場で幹部社員からのパワハラを経験し、労働組合を結成し闘って解決してきたことも数多く含まれています。
また、弁護士、労働局や労働基準監督署、労働組合から聞いた事例、そして私たちが相談を受けて解決に関わってきた事例等からも、共通して言えることも記載しております。
ぜひ参考にしていただければと思います。