見た目の初任給にだまされるな!
今年も、25年度の新卒者のための会社説明会が3月1日より解禁となり、企業の採用活動が本格化してきました。多くの業界や企業で人手不足が叫ばれる昨今、就活生の皆さんにとっては「売り手市場」がしばらく続きそうです。
今年の春闘では、労働組合の賃上げ要求に満額回答した大企業も多かったですね。塾業界では数千円程度昇給した話は聞きますが、1万円以上の大幅賃上げをした会社の例はついぞ聞きません・・
採用側の企業としても、優秀な学生を採用するため、初任給の大幅アップに踏み切る会社が増えていますが、就活生の皆さんは、見た目の初任給の高さに惑わされてはいけません。初任給に固定残業代を上乗せして、見た目の初任給を高く見せる方法が昔から存在します。よく見極めるべきです。
初任給を高く見せるカラクリ
先日、某アパレル会社が新卒の初任給を一律40万円に引き上げたことが全国に大きく報道されてました。しかし報道の直後から、この40万円という破格の初任給は80時間分の固定残業代(みなし残業代)を含んだ額だという指摘がニュースになっていました。
リクナビでこの会社の求人情報を見ると、基本給20万3千円 固定残業代17万2千円(80時間分)諸手当・通勤費が2万5千円となっています。これを見ると基本給と諸手当は普通で、毎月の固定残業代で初任給を大きく「かさ上げ」していることがわかります。
固定残業代とは、あらかじめ残業代を賃金に含ませておき、固定残業代で設定された上限時間までは残業しても残業代は一切つかないという制度です。企業にとっては毎月の残業時間管理や残業代計算などの煩雑な業務を減らすメリットがあり、多くの企業で採用されています。
ポイントは以下の3つです。
1.設定された上限時間までは残業しても時間外労働にはならず。残業代は出ない。
2.実際の残業時間が、設定された上限時間を下回っていても固定残業代は全額出る。
3.設定された上限時間を超えて働いた場合は、超過した部分が時間外労働となり、残業代が出る。
この会社の例なら、毎月80時間までは残業しても時間外労働にはならず、80時間を超えた部分が時間外労働となり残業代の対象になります。もちろん上限時間まで残業しなかったとしても固定残業代は満額支払われます。
しかし毎月の賃金に多額の固定残業代を上乗せし、見た目の初任給の高さをアピールすることで就活生を惑わせることは、問題があると言わざるを得ません。
『月80時間の固定残業代』は問題あり
月80時間の残業は過労死水準
この会社では固定残業代の上限時間が毎月80時間と設定されていますが、月80時間の残業はもはや「過労死水準」となることです。一般的に残業が月80時間を超えると過労死や精神疾患が急増すると言われています。単純に月20日間働いたとして1日当たり4時間の残業が想定されていることになります。
つまり残業時間を含めた1日の労働時間は12時間となり、計算上では毎月の総労働時間は240時間(法定労働時間160時間 + 残業80時間)となるので、かなり過酷な勤務条件となります。このように毎月過労死ラインの残業を前提とした賃金設定となっていることはかなり問題です。
三六(サブロク)協定の問題
もう一つの問題は、この会社の三六(サブロク)協定は適切か? ということです。三六協定は残業協定と呼ばれ、労使が毎年締結し、労働基準監督署に提出するもので、これがないと会社は労働者に法定労働時間(週40時間)を超えて労働させることはできません。
三六協定を締結しても、時間外労働の上限は月45時間、年360時間を超えてはいけません。ただし繁忙期が年に何回かある会社では、特別条項付きの三六協定を結び、その期間だけ特例的に時間外労働の上限を超えて働かせることもできますが、下の条件があります。
1.1か月の時間外 + 休日労働の合計は100時間以内とする。
2.1年間の時間外労働の合計は720時間以内とする。
3.1か月45時間の時間外労働の超過が認められるのは、1年で6か月(6回)以内とする。
この会社の80時間の固定残業代の制度は、上記2と3を満たさないのは明らかです。三六協定の特別条項を締結して労働基準監督署に提出しようにも、法的要件を満たさない残業時間を前提とする特別条項は受理されない可能性が高いです。受理されてもそれはそれで大きな問題です。
このような労働条件を求人サイトに記載することは、この会社では三六協定などの各種労使協定が、毎年適正に会社と労働者代表とで締結・届出されていない可能性もあり得ます。
職場の労働環境の問題
固定残業代は実際の残業時間が上限に達していなくても満額もらえます。残業ゼロでももらえるので「お得だ!」と考えてはいけません。月80時間という上限時間の設定には必ず理由があります。
高額な固定残業代を賃金に上乗せしている会社からすると、雇用した労働者に毎月設定した時間まで残業させないと「損」になります。
したがって常識的には毎月の時間外労働は上限である80時間近くになるはずです。過大な業務がある可能性も否定できません。
しかし一方、会社の求人サイトには社員の月平均残業時間は20時間との記載があり、これが本当なら固定残業代の対象となる上限時間をわざわざ80時間とする必要はなく、賃金をアップするなら基本給や賞与など別の項目でやっても良いはずです。ここに大きな疑問が残ります。
また実際の残業時間が80時間を超過した場合は、超過部分は当然残業代の支払い対象となりますが、残業時間を申請しても難癖をつけて認めない会社や、タイムカードの打刻後にサービス残業させる会社が多いのも事実で、もし80時間を超えて残業しても残業代が支払われるかどうかはわかりません。
ある新卒社員の過労死事件
「80時間の固定残業代を含んだ初任給」を指摘する記事を見て、2007年に起きた、ある過労死事件を思い出しました。今の求人サイトでは、固定残業代の表記は基本給とは別に、金額と残業時間が明示されますが、昔は区別されてなかったのです。
その事件とは、2007年4月に居酒屋チェーン「大庄」に入社した新卒社員が、入社4か月後の同年8月に24歳で過労死した事件です。両親が損害賠償を求めて会社と役員個人を訴えた裁判で、会社が初任給19万円余りに80時間分の固定残業代をあらかじめ組み込んでいたことが暴露され問題になった事例です。
この事件の裁判では、会社が初任給に毎月80時間分の残業代を組み込んでいたことは「労働者の生命・健康に配慮し、労働時間が長くならないよう適切な措置をとっていたとはいえない」とし、社員の過労死は取締役らの「悪意又は重大な過失」と結論付け、会社と役員個人の賠償責任・賠償金の支払いが確定しました。
裁判所は、この社員の死亡前4カ月間の総労働時間は1カ月平均276時間で、時間外労働は1カ月平均112時間だったと認定しました。
この新卒社員の過労死事件の結果、現在のように求人サイトで固定残業代を表記する場合、必ず基本給部分と分け、上限時間とともに表記することが義務づけられるようになりました。
高額な初任給に惑わされないように
就活生の皆さんは、同業他社に比べて著しく高い初任給で求人をかけている企業には、必ずなにか「裏」があると認識して下さい。
塾業界でも、固定残業代を上乗せして見た目の初任給を同業他社よりも多めに設定している企業が近年増えています。固定残業代を設定する企業では、残業時間の上限は月15時間~20時間程度が一般的で、月80時間の残業時間の設定はあまりにも一般常識とかけ離れています。
固定残業代の金額が適正かどうかを見極めるには、基本給(手当等を含まない固定給)の時間単価を出し、それに1.25(時間外割増率25%)を掛け、設定される上限時間を掛ければ算出できます。求人サイトに開示されている条件を当てはめて計算してみましょう。
(例)基本給21万 固定残業代3万(15時間分)の場合
210000÷160(法定労働時間 週40時間 × 4週)=1313円(時間単価)
1313円 × 1.25(時間外割増)= 1641円(1時間当たりの残業代)
1641円 × 15(上限時間)=24615円
上の例では、3万円以内におさまっているので適正だと言えます。ただ実際には、基本給は社歴が長くなると上がるし、残業した時間帯(深夜や休日)に応じて割増率が異なるので、細かく言うともう少し複雑になります。なので算出額に多少上乗せた金額が固定残業代として設定されます。
基本給を1か月あたりの法定労働時間(160時間)で割った時間単価が、その地域の最低賃金を下回った場合は違法です。また時間単価を最低賃金付近に設定しているセコい会社も多いです。
次回は就活生向けの求人サイトに記載される企業情報の見極め方について説明したいと思います。
就活生の皆さんへ!
求人サイトにある会社情報はしっかりと見極めましょう!
「極端な好待遇」には裏があると考え、慎重に行動しましょう!