年変形労働時間の注意点 ③
全国の教育業界で働く皆さんへ。
第2回では、多くの学習塾で採用される1年単位の変形労働時間制において、時間外労働となり残業代が発生するケースを説明しました。第3回はこれについての細かな注意点をいくつか説明します。
年変形労働時間制で注意すべき点
① 固定残業代に注意する
固定残業代が毎月の給与に含まれている場合、残業代が生じるのは、固定残業代で設定される労働時間の上限を超えた部分からになります。
固定残業代とは、あらかじめ毎月の給与の中に一定時間分の残業代を含ませておく制度のことで、eisuを含む多くの学習塾で採用されています。
たとえば毎月の固定残業代の上限が20時間なら、20時間を超過した部分から残業代が生じます。前回説明したケース1・2や3の場合でも、労働した時間が固定残業代の枠内に収まっていれば残業代はもらえません。
② 残業時間と所定労働時間との相殺はできない
年変形労働時間制では残業した時間と所定労働時間を相殺することはできません。つまり会社が勝手に労働者の所定労働時間を短縮・延長して残業代を払わないようにすることはできないのです。
たとえば、ある日の所定労働時間が8時間で、10時間働いた場合、残業時間は2時間となります。このとき会社が労働者に、翌日の所定労働時間から残業した2時間を差し引いて6時間勤務を命じて、前日の残業時間と相殺することはできません。
逆に、ある日の所定労働時間が8時間のところ、会社が労働者に6時間勤務を命じ、その翌日に10時間勤務させ、前日の不足分と相殺することもできません。
③ 残業は労使協定の合意内容がベースとなる
残業が生じる労働時間はあくまで年変形労働時間の労使協定で合意された内容がベースとなります。したがって、労使協定で合意された内容次第では労働者が有利になったり、不利になったりすることもあり得ます。
年変形労働時間の上限は、特定期間中は1日10時間、週52時間です。
でも労使協定の合意内容によっては、たとえば特定期間中の労働時間の上限を1日9時間、週45時間と減らすことも可能です。このケースだと1日9時間、週45時間を超えた場合は残業代が生じることになります。
まあ、塾業界では従業員の長時間労働に配慮する会社など皆無だと思っているので、上のようなケースはまず考えられませんが・・
皆さんは、年変形労働時間制では、特定期間中は1日10時間、週52時間。それ以外は1日8時間、週40時間を超えたら残業代が発生すると覚えておいて下さい。
しかしながら、実はもう一つの重要な労使協定である36協定(残業協定)に特別条項を加えることで、労働者に無茶苦茶な長時間労働を課すことも法律上はできます。これについては後述します。
いずれにせよ会社の労使協定を従業員が自由に閲覧でき、その内容を知っておくことは自分の労働条件を知るためにも絶対に必要です。
④ 残業代の割増率は通常と同じ
残業代には一定の割増率が上乗せされますが、年変形労働時間制で生じた残業代も、労働基準法で定められた計算方法で算出されます。
残業代 = 残業時間 × 1時間あたりの賃金 × 割増率
割増率は通常の残業代の割増率と同じで、時間外労働(残業)には25%、休日労働は35%、深夜残業は50%となります。
⑤ 年変形労働時間制での時間外労働の上限
年変形労働時間制では、特定期間の設定等がない場合、残業代を払っても、月42時間 年320時間が残業時間の上限となるので、これを超えて労働者を働かせることはできません。ただし、これはあくまで36協定(残業協定)で特別条項が設定されていない場合です。
⑥ 年変形労働時間は年度途中で変更できない
年度初めに一度、確定して運用を始めた年変形労働時間は原則として年度途中で変更できません。したがって年間カレンダーで指定されている公休日を途中で減らして出勤日に変更することも原則できません。
変更が絶対無理というわけではないですが、かなり厳しい要件があり、天変地異でも発生しない限り一度運用を開始した年変形労働時間を年度途中で変更することは困難です。
eisuでも10年以上前に、会社が一度決まった年変形労働時間を年度途中で改悪し、公休日を10日以上減らしてきたことがありましたが、重大な事由もないのに、これは本来できないことです。当労働組合が会社の採用する年変形労働時間制が「おかしい」ことに気づくきっかけになりました。
年変形の労働時間制を採用している会社で、公休日にも普通に出勤命令が出て労働させられたり、年度途中で出勤日と公休日がころころ変わるようなら、その職場の年変形労働時間制は「おかしい」と言えます。これは明らかな法律違反なので労働基準監督署に相談すべきだと思います。
36協定での残業時間の上限は・・
年変形労働時間制を採用していても、時間外労働をさせる場合には36協定(残業協定)の締結が必要になります。この36協定の残業時間にも上限が定められています。
これは会社が残業代を支払わなくてもよい時間の上限ではなく「残業代を払ってもこれ以上は労働者を働かせてはならない」という時間外労働の上限となります。
通常の36協定で規定される時間外労働(休日労働を含まず)の上限は、月45時間・年360時間で、特別な事情のない限りこれを超えて働かせると違法になります。
でも36協定で特別条項を付けた場合、認められる残業時間の上限は次のようになります。
年720時間 月100時間未満(休日労働を含む)
少し極端なケースですが、恐ろしいことに36協定で特別条項を結んだ場合は、なんと月100時間未満、年720時間まで上限を増やすことができる(残業代支払いは必須)のです。会社のやり方次第ではとんでもない長時間労働を強いられる場合もあります。
特別条項を設ける場合でも、時間外労働と休日労働を合わせて月100時間未満とすること。2~6か月の時間外労働を平均して80時間以内に収めること。月45時間の時間外労働の原則を超えられるのは年6回・6か月までという条件はありますが、月80時間を超える残業はもはや過労死水準です。
それでも残業代がきちんと支払われるのであればまだマシ(残業代もらっても絶対嫌!)ですが、ただでさえ長時間労働やサービス残業がはびこる塾業界では、はたして残業代が適正に支払われるかどうか疑問です。
実際、労働時間制度と固定残業代制を悪用し、月平均200~220時間以上の労働(月平均残業時間60~80時間)を強いている関東地方の学習塾もあります。
eisuでも労働組合ができる前はそうでしたが、毎年の労働者代表選挙を実施せず、幹部社員を労働者代表に任命し、勝手に労使協定を作成して労基署に届け出ているような学習塾もまだ多く存在します。
こうした会社では、従業員の知らない間に恐ろしい条件のついた特別条項が36協定に設定されているケースも想定できます。しかも従業員には労使協定を絶対に閲覧させないです。
したがって、会社の「働かせ方」を監視するため、過酷な長時間労働から自分の身を守るため、精神疾患や過労死を避けるためにも、労働者代表の適正な選出、労使協定の適切な締結、従業員が労使協定の内容を閲覧できることは最低限必要なのです。
自分の職場でサブロク協定が適正に結ばれているかどうかを見抜く方法について知りたい方は、当サイトの過去記事「サブロク協定の正しい見極め方」をお読み下さい。
労使協定の開示と労働時間の管理を徹底すべき
教育業界の現場で働く皆さんに注意してほしいことがいくつかあります。
年変形労働時間制においては上限規定もありますが、特別条項等が設定されている場合は、時間外労働となるのは労使協定で労使が合意して取り決めた時間を超えた部分になります。
したがって、労使協定の内容を労働者がしっかり把握していないと、どこまでが所定内労働で、どこからが時間外労働になるのかの区別は困難です。
この意味では、従業員に労使協定の内容を開示せず、役員などを労働者代表にして従業員の知らない所で勝手に労使協定を作成し届出ている会社では、年変形労働時間が恣意的に運用されている可能性はかなり高いです。
労使協定が適切に締結されていない職場で年変形労働時間を導入・運用した場合、会社が恣意的にいくらでも都合良く運用できるので、現場の労働者の長時間労働や長期連続勤務が増えるだけです。
かつてのeisuもそうでしたが・・
年変形労働時間制を会社に恣意的に運用させないためには、少なくとも毎年の労使協定が適切に締結され、その内容がすべての従業員に周知されることが最低限必要です。だから毎年労働者代表選挙を実施すること。労使協定の内容の開示を会社に要求するべきです。
もう一つは、年変形労働時間制の下では、毎日・毎週・毎月の労働時間を労働者・会社の双方がしっかり管理し把握していないと、時間外労働かどうかの区別は困難です。
会社でも従業員の労働時間管理はしているでしょうが、労働時間の管理がずさんな会社ではタイムカードがあっても正規の終業時間でタイムカードを打刻させ、その後に残業させる大手塾もあります。
したがって皆さん自身が、自分の働いた時間をしっかり管理し、毎日の労働時間を自分の責任でしっかり記録することが必要です。
教育業界で働く皆さんへ。
自分の働く学習塾の労働時間制について疑問や納得いかないことがあれば、私たちまで連絡下さい。変形労働時間制以外にも、みなし労働時間制やフレックスタイム制などの労働時間制に関する相談も対応しています。