学習塾の事業承継とM&A
少し前、大手自動車メーカーであるホンダと日産が経営統合に向けて協議を開始したというニュースが流れていました。また年明け早々には首都圏の老舗予備校「ニチガク」の破産が話題になっていました。
これから学習塾業界でも経営が悪化している塾を、大手塾が救済合併するケースも増えていくと思います。業界再編の波はあらゆる業界に波及していますが、学習塾業界でもM & A(企業買収)の話が出ることは最近では珍しくないです。
2019年のことですが、神奈川県を拠点とする大手塾「中萬学院」が、全国規模の大手塾「佐鳴予備校」に、保有する株式を全株譲渡し経営統合したことが公表されました。塾人ならご存知の人も多いと思います。
ここ数年の急激な少子化により、顧客である児童・生徒数が今後大幅に減り、売上や利益が低下するのは明らかで、今後、生き残りをかけて塾業界の再編が進む可能性はとても高いです。
学習塾のM&Aの背景
学習塾業界のこうした流れの背景には以下のような要因があります。①少子化の進行による売上減少 ②学習塾どうしの顧客・利益の奪い合い ③オンライン授業の増加による塾形態の多様化 ④子育て世帯の可処分所得減少による「塾離れ」などです。
昨年1年間で学習塾の倒産が54件という東京商工リサーチのデータもあり、今後の事業収益を確保するため、体力や資本力のある大きな会社の傘下に入り、その中で企業活動を行なったほうが有利と考えるのは経営判断としては当然のことでしょう。
もう一つの要因は、学習塾創業者の事業承継問題です。学習塾の中には創業者が高齢化しているのに、事業を引き継ぐ後継者(創業者の直系親族など)がいない企業も多いのです。
後継者がいても今後の事業展開の見通しや意見の相違などから、事業承継がうまくいっていないところもあります。こうした裏事情はこの業界に長くいるといろいろな人から聞きます。
学習塾の事業承継問題
皆さんが働く学習塾で、創業者が高齢にもかかわらず、事業を引き継ぐ後継者が決まっていない場合、創業者が亡くなったり引退した後、勤務する学習塾はどうなってしまうのか? 社員として気になるのは当然です。
一般的な事業承継は、創業者が起こした会社を自分の直系の親族(子供)に引き継がせ、自らは会長職となり会社経営は2代目にまかせ、2代目が一人立ちした段階で引退するケースが多いです。
しかし創業者に直系親族(子供)がいない場合、いても事業承継を拒んだ場合には、創業者は会社の事業継続のため、規模の大きな同業他社に会社の経営権を売却することを考えます。
たとえばA社の創業者がB社に経営権を売却すると、A社は売却先であるB社のグループ会社の一員としてこれまで通り事業を展開できることになり、A社の創業者も経営権の売却益がもらえるので損はしません。
経営権を売る側はできるだけ自分の会社の経営権を相手に「高く」売りたいと考え、買う側はできるだけ「安く」買おうとします。なので両者の折り合いがつかずM&Aが流れたという話も業界内ではたまに耳にします。
社員への事業承継は困難
創業者の親族への事業承継が難しい場合、1つ考えられるのは、社員の中で信頼できると創業者が認める人を後継者にし、その人に事業承継させることです。ただしこれは、小規模な会社なら可能ですが、売上高や企業規模が大きな会社ではそれほど簡単ではありません。
創業家以外の人間に事業承継させる場合、金融機関の承諾がどこまで得られるか。創業者の親族や社員の了解をどれだけ得られるのかという問題があります。
学習塾も法人として事業資金を金融機関から借り入れています。事業規模が大きいほど金額も莫大で、もし創業者の親族ではない社員の誰かが事業を承継した場合、金融機関から借りている事業資金(負債)も当然その人が引き継ぐことになります。
いくら社員として高い能力があり、創業者が推薦したとしても、金融機関から見ればその時点では「ただの一社員」に過ぎず、経営者としての「信用」はまったくありません。そこで事業資金を貸し付けている金融機関は将来の債務不履行のリスクを減らすため信用保証・追加担保を創業者に求める場合もあります。
こうした問題をクリアできれば創業家ではない社員を2代目として事業継承させることは可能ですが、法人としての年間売上高が数十億~百億円以上あるような大手塾の場合、金融機関を納得させることは難しいです。
また相続の関係から、創業者の親族全員が認めるかどうかも未知数です。さらに社員の誰かが2代目になったとして、現在いる社員がその人を信頼してついていくかどうかは別問題です。
こう考えると、創業者の後継者が決まっていない場合には、事業承継をスムーズに行うため、また今後の事業展開を有利に進めるために、会社をより大きな同業他社に売却することもあり得ると思います。
M&Aで労働環境はどう変わるのか?
もし自分が勤務する学習塾がM&Aにより同業他社に買収されたら、職場の労働環境にはどのような変化が起こるのでしょうか? 認識しておいてほしい点が2つあります。これは学習塾に限ったことではなく、どんな業界のどこの会社にも当てはまることです。
1つ目はM&Aで買収側(親会社)と被買収側(子会社)との間では、言うまでもなく親会社のほうが圧倒的に強いです。対等の立場をうたっていても数年先には親会社の経営支配が確実に強くなります。この段階では被買収側の、もとからいた幹部社員などは総入れ替えされるケースが多いです。
2つ目は、労働環境(職場環境・労働時間・賃金など)は数年スパンで見た場合、自然に「力の強い方」と同水準になるように作用することです。これは「法則」と言ってもいいかもしれません。
もし買収時の労働環境が、親会社 > 子会社なら、買収された側の労働環境は数年先には親会社と同水準になる(今より良くなる)こともあります。しかし買収時の労働環境が、親会社 < 子会社なら、買収された側の労働環境は数年先には親会社と同水準つまり今より悪くなる可能性が高いです。
「水は低きに流れる」と言いますが、職場の労働環境も何もしなければ「低きに流れて(悪くなって)」いきます。塾業界は労働環境の良くない会社が多いので、もしこうした会社が親会社になると、子会社の社員にとっては不幸です。
M&Aで労働組合はどうなるのか?
もし自分の働く学習塾が大きな同業他社にM&Aされ、経営者や経営体制が変わったら、社内にもともとあった労働組合はどうなるのか? 不安に思う人もいるかもしれません。
でも労働組合は会社が買収され、新しい親会社の傘下に入ったとしても、その事実をもって消滅することはありません。労働組合が存在する限り、組合活動は親会社のグループ企業内で継続していけます。
したがって買収した企業の経営者、すなわち親会社に対して団体交渉を要求したり、親会社による組合つぶしなどには親会社への街宣行動や争議行為などを実行することもできます。
また労組のサイトやSNSなどを通して、親会社のグループ企業内で起こっている労働問題などを外部に発信することもできます。つまり労働組合の相手が今までの経営者から親会社(の経営者)に変わるだけなのです。
現在、大手学習塾の中で労使対抗型の労働組合があるのは eisu 、ワオ、ウィザスの3社だけです。これ以外の学習塾には、会社の御用組合(関東の大手塾に1社あります)は別として、労働者側に立つ労使対抗型の労働組合が存在するところはありません。
したがって、もし労働組合のある学習塾が同業他社に買収された場合には、親会社の社員を労働組合に加入させ組織化したり、労働組合を新しく結成することにより、組合活動をそのグループ企業全体に波及・拡大していくこともできます。
もし労働環境が、親会社 < 子会社の場合なら、親会社の労働環境を子会社に合わせて引き上げさせること。次にその企業グループ全体の労働環境をより向上・改善させることを目的に組合活動をしていくことになると思います。
親会社によりM&Aされ子会社となった場合、「力関係」の面では、当然、立場や力が強いのは親会社です。でも私たちは、社員の側に立つ労使対抗型の労働組合が存在し強力に活動していけば、親会社との力関係を逆転させることができると考えています。
M&Aの結果、職場環境や労働条件が以前より悪くなった(悪くなりそうだ)と悩んでいる塾人の皆さん。私たちかお近くのユニオンまで相談を!