四谷大塚 元講師の盗撮事件の背景(前編)
四谷大塚での盗撮事件に思ったこと
私立中学受験で有名な大手学習塾、四谷大塚で元講師の男2人が生徒の女子児童を盗撮し、その動画や児童の個人情報をSNSなどに投稿させた事件は、世間に大きな衝撃を与えています。警視庁も法人としての“四谷大塚“を個人情報保護法違反の疑いで書類送検したようです。
私たちも同じ学習塾業界で働く者として強い怒り・憤りを感じます。今回の事件後、社員に向けた性犯罪防止の通達がメールで一斉配信された塾も多かったのではないかと思います。
学校でも教員の性犯罪事件は増加しており、学習塾業界においても、講師によるこうした生徒への性加害は残念ですが”ゼロ”ではありません。今回のように時々ニュースになります。
学習塾業界で、講師の生徒への性加害が毎年何件発生しているのか統計がないのでわかりませんが、表面化しているのは氷山の一角で、表に出ることなく処理された事例もあるのではないかと思われます。業界内では噂レベルの話も含めればちょくちょく耳にすることもあります。
学習塾での性加害事件の背景
学習塾で生徒への性加害事件が起こる背景として考えられる要因はいくつかあります。それについて以下に説明します。
■会社の隠ぺい体質
学習塾に限らずどこの会社でも自社内で起こった不祥事は何であれ、まず“隠すこと“を第一に考えます。特に学習塾のような生徒や保護者からの信頼で成り立っているサービス業では当然です。
四谷大塚のように、講師が生徒つまり大切な顧客に対して性加害を行えば、その塾がどんなに進学実績を出していたとしても、信頼は失墜します。性犯罪をするような先生がいる塾には安心して子供を通わせられないと思う保護者が大半でしょう。
今回のように、講師が逮捕された場合はもはや隠ぺいは不可能ですが、そこまで大事になっていない場合は、性加害をおこなった当事者を「一身上の都合により退職」させてこっそり幕引きするケースも実際にはあります。
以前、某大手進学塾の社員から直接聞いた話ですが、校舎内の女子トイレにカメラを仕掛けて盗撮していた男性講師がいて、その行為が発覚しその部門内で大問題になりました。
その部門で働く他の社員は性犯罪としての立件と当事者への厳しい処分を求めましたが、そうすると事件が外に漏れる、会社の信用に傷がつくと経営者が判断し、結局、その当事者を自己都合退職させて終わったそうです。
その当事者にとっては前科もつかず経歴に傷もつかないので、また別の学習塾に何食わぬ顔で入社し、同様な行為を繰り返している可能性があります。この講師は表向き仕事熱心で生徒からの評判も良かったそうです。
隠ぺい体質の強い会社ほど“社内の不祥事”を隠すケースが多いですが、もしこうした事実があれば、SNS等が発達した現代においては、必ず外部に情報が出ます。到底隠し通せるものではなく、隠ぺいしたことでかえってその会社への信頼が失われるような結果を招く可能性もあります。
特に顧客である生徒への性加害は、会社はむやみに隠ぺいすることなく、行為者を厳しく処分し、そのうえで再発防止に徹底して取り組むという方針を外部に公表するほうが、長い目で見ればその学習塾への信頼は確保できると思います。
■講師の採用時の問題
ブラック業界と揶揄される学習塾の中には、慢性的な人手不足のところも多く、また毎年大量に離職者が出る会社もあります。もとからブラック体質で、社員を大量に採用し、自社のブラックな体質に順応した社員だけを残す方針で採用を行なっているところもあります。
こうした会社では、毎年大量に出る離職者の穴埋めのため、いきおい”来るもの拒まず”というスタンスを取らざるを得ません。すると多少”問題のある”人材でも業務の遂行上採用されることもあります。
ところで最近の大手企業の中には、採用段階で応募者を絞り込んだ後、外部の専門業者に委託して、その応募者のSNS等での過去の発信内容や裏アカウント等をくまなく調べ“ヤバい人”を入社させないようにしている会社もあるそうです。
“ヤバい人”とは、思想や考え方が極端に偏っている人。自己顕示欲が強い人。分不相応なブランド品を買い自慢する人。借金癖のある人。悪口や批判ばかりする人。暴力的傾向が強い人。性犯罪をおかす疑いのある人。麻薬常習の疑いのある人などです。もしこういった人が採用され入社後に本性を現わしたら、社内で何らかの不祥事を起こす原因になるかもしれません。
人材採用が目的とはいえ、会社が提出された履歴書以外の個人情報(SNSの履歴とか)を探る行為は果たして正当なのか? と問われると疑問ですが、採用担当者にとっては“ヤバい人”を採用することによる“入社後リスク”を下げるためにも有効なのだそうです。労組の立場では会社が個人のプライバシーを盗み見る行為には断固反対しますけどね。
四谷大塚の事件で逮捕された元講師の男も、学生時代にSNSでわいせつな内容の小説を投稿したり、児童へのわいせつ行為で補導歴があることが報道により明らかにされています。また、これとは別の話ですが、過去に東海地方の某大手進学塾で、校舎の屋上で大麻を栽培して逮捕された学習塾講師もいました。ニュースになったので覚えている人もいると思います。
このような学習塾には不適格な人。不祥事を起こすリスクのある人を入社させないためにも、”来るもの拒まず”のブラック体質の学習塾は論外ですが、これからは講師の採用では、数回程度の面接だけではなく、もっと多方面から応募者を客観的に見極めるシステムの構築が必要だと思います。
とはいえ個人の隠れた性癖を採用段階で見抜くことは困難です。少なくとも性犯罪者を入社させないためにも、学習塾にも日本版DBS(子どもと接する職業に就く際に、性犯罪歴がないことを確認する制度)を早急に導入すべきだと思います。
■学習塾の『密室性』の問題
学校教員も同じですが、集団指導の場合、学習塾の講師も授業のため一度教室に入ると、外部から見られることはありません。先生1人と生徒だけになります。授業中の先生の言動などは、その授業を受けている生徒しか知らない状況になります。
先生の授業中の言動は、その授業を受けている生徒が他者(他の講師・友人・保護者など)に話さない限り外部にはわかりません。つまり教室内はある意味”密室”状態になります。
また先生の立場なら”個別で補習授業をする”という名目で、教室内で自分と生徒の1対1の状況を作ることはいくらでもできます。補習授業なら周囲も別段不審には思わないです。こうした”密室性”が生徒への性加害を誘発する原因になることもあります。
もう一つが、校舎の問題です。学習塾は、学校のように一つの大きな建物の中にたくさんの教室があるのではなく、『○○学院 ○○教室』のように校舎があちこちに点在し、それぞれが独立しています。
小規模校舎では、正社員の講師数名で業務を行うのが普通です。校舎間の”人の移動”はほとんどなく、原則として毎日同じ人が同じ校舎で勤務します。
毎日校舎に入ってくるのは生徒だけで、第三者が頻繁に校舎内に立ち入って、内部をチェックするのは不可能です。これは視点を変えれば”校舎そのものが密室になる”という見方もできます。
もし性的に倒錯した人間が、こうした”密室性”や先生としての立場を利用して、校舎の中で生徒に性加害を加えようとすれば、誰にも見られず、誰にも知られずにこっそりと犯罪を実行することも不可能ではないのです。
今回逮捕された四谷大塚の元講師2人も同一校舎に勤務していたようですが、同じ校舎に共犯者がいれば容易に犯罪が行われてしまうという実例です。幸い犯罪が発覚して逮捕されたのは唯一の救いですが・・
生徒が安心して通える塾にするためには、教室や校舎の”密室化”をどうやって防ぐのかという段階にきていると思います。四谷大塚が生徒の保護者向けに教室での授業をライブ配信することを発表しましたが、教室の”密室化”を防ぐ方法の一つとして注目すべきだと思います。
後編に続く